ガンダムシードのコーディネイターが持つ能力について(4)ガンダムシードのお話では、コーディネイターの能力は遺伝子操作と言う倫理から外れた方法で、強い力、優秀な能力を持った為に、ナチュラルの顰蹙(倫理から外れたと言うよりも、高い能力ゆえに)を買ってしまった、と有りました。確かに、ナチュラルからすれば自分よりも高い能力を持っている人達は脅威だからです。何故に脅威かと言うと、この社会に於いては「能力主義・結果主義」で有るからです。つまりはこの世を生きるには、一定水準以上の能力が求められるからです。ですが、今はプログラミングの練習をしている時に、ふとキラ・ヤマトの第二話でのストライクのOSの書換えや、物語中盤のアストレイのOSの作成を思い出しました。自分はプログラミングをして居たり、会社で働いたりしているのですが、どうしても「キラ・ヤマトのごとくみたいな優秀な能力が有ればなあ」と思ってしまいます。そこで質問なのですが、如何に世の中は倫理で「遺伝子操作が禁止」とは言え、一個人としては「強い力や優秀な能力を持つな!!」と言うのは、無理な注文では無いでしょうか?自分はどうしても「力を欲してしまいます」。もちろん会社でも戦力に成れる様に、練習・訓練は欠かせません。ですがそれだけでは・・・と思います。凡人(あるいはそれ以下)の自分の心理だと、どうしても、「優秀で強い力が欲しい」と思ってしまいます。「世の中は出来の良し悪しではなく、人柄」だと主張する人(自分の親とか)が居るのですが、自分には彼らの言い分が不自然に感じます。そんな自分は、コンプレックスの塊?器が小さいのでしょうか?劇中に於いても、遺伝子操作を行ったコーディネイターの親はこんな心情だったと思います。「力が必要な世界だからこそ、力を捨てることは出来ない、力を着けていくことが生きる事だ」と私は、断然そんな心情なのですが、それは変なのでしょうか?「人柄だけで幸福に成れる世界だとは思えません。」そちらのが現実として自然だと思ってしまいます。
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